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校名の変遷
入江小学校60年誌より

明治29年4月
兵庫尋常高等小学校・入江分教場 
明治29年4月
 明親尋常高等小学校・分教場
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明治33年9月
神戸市立入江尋常小学校
大正9年4月
神戸市立入江尋常高等小学校
大正15年4月
神戸市立入江尋常小学校
昭和16年4月
神戸市立入江国民学校
昭和22年4月
神戸市立入江小学校


神戸市の歴史を見てみると、明治29年には八部郡(やたべぐん)で林田村、湊村、池田村を合併、明治32年兵庫運河竣工、明治34年、湊川の付け替え工事が竣工し湊川跡は新開地として栄えるなど、当時の環境の変化は目覚しいものがありました。
港と共に歴史を歩んでいるこの地域も神戸港の活況に伴い人口が急速に増加し、兵庫尋常高等小学校、明親尋常高等小学校の学童は5000人を越えるまでになりました。
ついに、両校では手が行き届かなくなり、両校の分教場を併合し新しく神戸市立として建設したのが入江小学校の始まりです。
当時は一学級当たり50〜60人の児童数でした。現在と比較してみると驚くばかりです。

入江分教場の元となる寺子屋のようなものが、現在の西出自治会館・老人憩いの家が建っている場所にあったと言われています。
お話を聞かれた方、資料をお持ちの方は是非、自治会までご一報ください。
尚、明親尋常高等小学校分校についても資料がありましたらよろしくお願いいたします。

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