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校章の由来
| 校章の由来 | |
当時の校章 |
古き兵庫の一角、佐比の入江を埋め立て、その上に築かれた我が学び舎。 かっては鞆綱を解き錨をあげて船出したり、帰帆しては夕凪の入江にそのつばさを休め錨をおろしたであろう、というところから錨を校章に。 と、校史にありますが、以下のようなロマン溢れるお話も伝わっています。 明治36年の神戸港で大観艦式が行われた時、さすがにみなと育ちの入江の健児達は、一目見ようと山に登って行きました。 そして、山上近くで錨の形に並んで、小旗を振って、天にも轟けとばかりに万歳を絶叫しました。この愛すべき声援の姿が、艦上の海のつわ者たちや来賓の目にとまり、以後、その山を錨山と呼ぶようになりました。 これを記念して、男子の帽章の桜を改め錨にしました。そして、学校の幕・テント・校旗などすべての物に、この錨のマークが使われるようになったということです。 幾千幾満のかもめの巣立ちをしたこの学び舎は、錨とは切っても切れないつながりを覚えます。 はっきりした記録がありませんが古老先輩達の語り草をまとめました。 |