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| 兵庫木遣保存会 |
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(兵庫文化百撰、神戸市登録無形民俗文化財 認定・登録) |
| 木遣のけいこは原則として、毎月第1と第3の木曜日、午後7時から入江地域集会所でやっています。公開稽古ですのでいつでも見学できます。遠慮なくお越し下さいませ。 |
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| 神戸まつりでの演舞 |
| 兵庫木遣音頭 | ||
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木遣とは、木材や石など重い物を運ぶ作業のことです。その時、掛け声をかけて音頭をとりながら歌う唄のことを木遣音頭といいます。 しかし現在一般的に、木遣音頭のことを単に「きやり」と称しています。作業唄として歌われていましたが、いつしかめでたい祝い事にも転じ、祭りや祝賀式典にも歌われるようになりました。 兵庫木遣は息の長いゆったりとした、いかにも古風さを漂わせた独特の節回しで短い歌詞をうたいあげます。 歌詞は今様うたのものもありますが大体は江戸時代期のもので、近辺の地名を読み込んでいます。当初、三味線や尺八などの楽器伴奏と歌だけでしたが、昭和御大典祝賀の折り、始めて踊りが振り付けられました。 踊りの見どころは、舞台へ出てくるところをはじめ随所に、京都の白拍子の舞いにも似た扇をかざしながらの優雅な振りや、「神戸よいとこ 扇のみなと」の歌詞の時、踊りの途中舞台の中央に集まって、扇で神戸の市章を形取るところ等です。 |
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| 生い立ち | ||
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平安時代も終わりの頃、平清盛が福原京を造る時各地から船で建築用材を取り寄せ、みなとからその用材を運ぶ時に、駆り出された地元の人たちが掛声をかけながら歌ったのが、兵庫木遣音頭の始まりだと言い伝えられています。 江戸時代のはじめ頃は、兵庫のみなとは北前船の基地として、復興繁栄してまいりました。その当時西出町をはじめ兵庫津十二の各浜で、そこに働いていた人達は作業の合間個々に木遣を歌っていました。 年月を経て何時しか、七宮神社の祭りの名物として各浜が競って歌うようになりました。 しかし明治末頃の神輿渡御の折は西出町と東出町だけに、大正10年神戸開港50周年記念の祝賀行列には、もう西出町にしか伝承されていませんでした。 |
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昭和21年戦火を受けた神戸市の復興祭に、郷土芸能の復活の意味で参加しました。 これを期に西出町にしか残っていない貴重な文化遺産を、後世にまで伝え続けようと「兵庫木遣保存会」を結成しました。 兵庫木遣保存会は平成9年「神戸市登録無形民俗文化財」に認定・登録されました。 |
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| あゆみ(昭和21年〜昭和63年) | あゆみ(平成) |
| 兵庫木遣音頭歌詞のページ |
| きやりつうしん |
| きやりつうしん 2 |
| 神戸新聞の紹介記事 |
| 里帰り伊勢音頭ポスター |